ここは銀座7丁目にある「ヘンリーアフリカ」というバーレストランだ。男はカウベルのついた扉を押し店に入った。そのまま右手にあるカウンターをさっと確認する。これから友人に会う予定なのだが、彼らはたいてい酒のボトルやバーテンが見えるカウンターを好むからだ。
「こっち」
 しかし今夜は左手の奥にあるテーブル席から声が聞こえた。そこには手を挙げている童顔の男と色黒でがっしりした男が小さなテーブルを挟んで座っていた。童顔の男、彼は横浜探偵倶楽部の所長、辻村零児。通称ゼロだ。色黒の男は大山健司、本業は塾講師だが手の空いたときに友人であるゼロを手伝っている。
 男は混雑した店内を彼らの席へ歩いた。待ち合わせ時間に15分遅れで到着したこの男の名は伊東昭彦。彼は神奈川県警の鑑識で働いている。正確には神奈川県警本部刑事部捜査第一課科学捜査研究所勤務の巡査だ。科捜研と略す場合が多い。犯罪現場の遺留品、残留物をもとに最先端の科学を巧みに活用しデータを導き出す。さらにそれを自らの経験やひらめきで組み合わせ新たに有力なデータを得る。伊東はそんな自分の鑑定技術に絶大なる自信を持っていた。鑑識という仕事にやりがいも感じているのだが、警察捜査の証拠至上主義にはいささか閉口していた。最近、本人の意向に反して巡査部長に格上げされそうなので憂鬱さ倍増中らしい。したくもない昇進のために資格を取る必要があるのも気に入らないそうだ。伊東とゼロは数年前横浜のバーで知り合って意気投合、それ以来、ゼロの愛のある捜査に協力をしている。
「遅いですよ」
 伊東が席に着こうとしたときゼロが軽く文句を言った。集合時間にはうるさい。
「ゴメン、ゴメン。新橋で降りておみやげにポケモンを買ってたんだよ。はい、これはゼロくんに」
 伊東は憂鬱さからの逃避のためか、近頃はポケモンにハマっている。それだけならまだいいが相手の好みも気にせずプレゼントしているのだ。
「伊東さんも同じのでいい?」
 これは大山。飲みかけのグラスを伊東に見せた。ゼロと大山は既に生ビールをグラス半分ほど空けている。伊東はメニューの文字を目で追いながらうなづいた。
「いいねぇ」

 現在、ゼロは横浜の保育園児誘拐事件を捜査している。大山はその重要参考人を追ってつい最近まで大阪に行っていた。伊東も捜査に協力して少し前に指紋の鑑定をしている。
 大山の報告を聞きながら2人は大笑いの様子だ。
「ピンクのスウェットはよかったなぁ。あははは」
「あははははははは」
「ひどいなぁ。殺されるかもしれなかったんだからな」
 ゼロは大山が大阪から戻った日に話を聞いているので、今は大山のあげ足を取ってからかっている。これからの捜査については既に検討済みなのだ。推理はゼロに任せておけばいい。そう思い、伊東も純粋にこの場を楽しんだ。
「あ、そろそろ行こう」
 ゼロは席を立った。実は今日、3人が集まったのは寿司を食べに行くためである。横浜探偵物語の読者諸君は、誘拐された真治くんのことを放っぽっておいて、とヤキモキしてしまうだろうが、誰にも多少の息抜きは必要だ。ゼロの頭脳をフル回転させ、大山の機転を高め、伊東のアイディアを引き出すためと思って許してやって欲しい。

横浜探偵物語番外編「銀座を食いつくせ」(第2話)につづく

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