ゴジラ伝説 I

昔、ゴジラ伝説という伊福部昭の特撮映画音楽を、当時ヒカシューの井上誠がシンセで作ったアルバムが出たときに、そのライナーノーツに伊福部昭と井上誠の対談が載っていた。1983年の話。

その中で伊福部昭は「シンセサイザーにはイクタスが無いから」という話をしていた。
オーケストラの楽器で通常使う音域以上、以下の音を出すと、「高い音や低い音を無理して出す」ため、人は絶対的な音程以上に「高い」「低い」の印象を受けるというもの。
シンセでブラスやストリングスの音を作っても、イクタスを表現できないというような話だった。伊福部先生はイクタスという考え方を提示して、ゴジラ伝説ではそれを補うようにアレンジされていることを褒めていた。

イクタスって何語だ?と今になって思って、ネットで検索しても全然引っかかってこない。
出てくるのは会社の名前とか、バンドの名前とか。バンドの名前ってことはやっぱり音楽に関係しそうだけど、意味まではわかんない。
とやっている途中で見つけた文献がこれ。伊福部先生は別のところでもイクタスって話をしていた。もしかしたら、この文章を書いた人もゴジラ伝説のライナーノーツを読んで、そう言ってるのかもしれないのだけど。

ヒット曲は景気を語る(唄う)か?II 昭和と平成における日本のヒット曲=流行歌の音程・ 音域・イクタスと経済状況の関係の分析

それから調べているのだけど、ネット上の情報では、自分が上で書いているゴジラ伝説の話とか、伊福部先生がイクタスって言ってるとかってことしか出てこない。謎の言葉だ。

なんてことをFacebookに書いたら、友だちがコメントを返してくれた。

興味持ってちょっと調べてみました。綴りがわからないのでそれっぽい単語で調べてみたんですが、音楽の用語における「ictus」(イクタス、イクトゥス)は「楽曲における特定のポイント」といった意味合いで使わているようです。たとえばWikipedia「グレゴリオ聖歌」のページには『各フレーズの冒頭に「拍」に似た「イクトゥス」(ictus、強音)をおき、これを小さな垂直線記号で注した』とありますし、丸山修「ナーサリー・ライムの特性と言語教育」という論文では『イクタスは韻律上強拍がおかれるべき位置のこと』とされていました(論文中ではマザーグースで韻を踏むのに使われている音節を指しています)。音程というよりもテンポに関わる言葉のような印象ですね。伊福部さんがどういった意図で「イクタス」という言葉を用いたのかはわかりませんが、「楽器本来の音域を超えた音」そのものを指すのではなく、そうした音を出すことで「音の高低を強調し、実際の音程以上に高い/低い印象を与える」といった意味で発言されたのかもしれませんね。

Wiktionaryで引いてみると「indication of a musical event」とあるので、拍以外でも用いられるみたいですね。語源のラテン語でも「吹く」「打つ」「噛む」「刺す」と、けっこう広い意味を持ってるようです。
https://en.wiktionary.org/wiki/ictus

とのこと。自分も拍の強弱って話には行き当たったのだけど、それじゃないと思って追求していなかった。思った以上に広い概念だったようだ。

以下は、自分が「イクタス」のことを知った、ゴジラ伝説のライナーノーツの引用。

井上さん、ごくろうさん
ヒカシューさんというグループをはっきり意識したのは「ポパイ」という雑誌でした。学生が持ってきたんですが、その中で今までに影響を受けた、あるいは尊敬する作曲家として、バッハ、ジョン・レノン、高橋悠治さんなどと数人が上がっていまして、その中に私が入っているわけです。どういうわけで私の音楽を注目してくれるのかなと思って不思議でした。

その後、私のピアノ組曲を東芝のスタジオで録音しているときに、偶然隣の部屋にヒカシューの皆さんがおられ、ディレクターが紹介しましょうということで…。井上さんとお会いしたのはそのときが初めてです。そのとき色紙を持ってこられて、サインしてくださいということで、とっさに適当な言葉が思い浮かばないので、名前と、サンスクリット文字で「ナーダ」と書いたんです。音響のない思索上の音楽という意味です。また、その折、「先生の曲を演奏させてもらったことがある」とおっしゃっていましたね。ま、こっちも仕事中だったので、いつかうちへ起こし下さるとのことで、どうぞどうぞと言ってお別れしました。

その井上さんが、こうして私の曲を演奏して下さったわけですが、実際ヒカシューさんは今の新しい音楽の中でもかなり先進的な団体ですよね。その人が音の世界では一番古いスタイルと思われている私のものに共感を覚えて下さるというのが不思議なんですね、私としては…。ただ考えられることは、大袈裟なんだけど、20世紀に入ってからいわゆる、クラシックではハーモニーも壊れ、旋律もなくなり、律動さえもなくなった。僕たちはそれらをブルジョワ的虚脱なぞと言ってるんですけど日頃それだけには陥らないようにと思ったのですが、その辺があるいは共感していただけるのかなと思ったりもしてます。

こうして自分の作品を自分の書いた楽器でない音色で聞くとちょっと不思議な感じがしますね。井上さんはとても良心的に緻密にやっておられるので、これは大変だったろうと思います。この音楽自体、映像やドラマとくっつくことによって効果が生まれるようにして作られているので、自律的な音楽としては不備な点があるのですが、そこをちゃんと聴覚だけの鑑賞に耐えるように、いろんな工夫を加えたり、短いものは反復したりして、貴君の美観で整理されています。

井上さんはシンセサイザーでほとんどやれられているわけですが、シンセサイザーという楽器は驚くべき能力を持ったシステムと思っています。ただ一つ異なるのは僕たちはイクタス(ICTUS)というんですが、張りというんでしょうか、その点だけです。例えば440(サイクル)という音を出してもコントラバスでやると、とっても高い音を出した感じがするし、フルートなんかで出すと、低い音を出しているという感じがするわけです。実際の音の高さとは関係なしにその楽器にとって、それが高いか低いかということが従来の器楽演奏の音楽の場合非常に重要なわけです。これを心象上の音の高さと言っていますが、その作用を利用して作曲するわけで、実際はオーケストラはピアノよりも音域が狭いんですが、はるかに広いように感じられるのはそのためなのです。シンセサイザーには、そのイクタスがないわけですが、そんなことを感じさせぬほど、上手に編作されているのに驚きました。
井上さん、本当にごくろう様でした。
(1983年2月談)

その後、特撮映画音楽に注目が集まり、過去に作られた映画(特に東宝、特に伊福部昭が作った曲)のサウンドトラックなどが昔のテープなどから起こされてレコードになったりもしたわけなのだけど、ついに「SF特撮映画音楽の夕べ」というコンサートが開かれ、オーケストラで演奏されることになったのが1983年8月。
その録音されたアルバムを当時レコードで買って、その後CDでも買った。
この時のコンサートをゴジラ伝説を作った井上誠も生で聴いており(それ以前に自宅に伺って、先生のピアノ生演奏でラフスケッチを聴かせてもらっていた)、もうゴジラ伝説を作る意味がないと思ったそうだ。
井上氏がゴジラ伝説を作ろうと思った動機として、伊福部特撮映画音楽をステレオで聴きたいというのがあったとのこと。また映画の中の曲は1つ1つが短いので、ちゃんと曲として聴けるようなサイズにしたいというものだった。それらをクリアしたどころが、シンセの擬似オーケストラではなく、本物で演奏されてしまったのだから、これ以上はないと感じたらしい。
その話をどこで知ったのか覚えていないのだけど、CD版のゴジラ伝説(I〜III)のライナーノーツで井上氏が書いた文章の中に、

そんなわけで1枚目にゴジラシリーズの代表曲を詰め込んだ結果、IIの選曲がこんな風になってしまいました。ゴジラがどこにもいないゴジラ伝説。発売日がずるずると延びていったのは、83年夏の“SF交響曲ファンタジー”ショックで僕の頭が爆発してしまったせいです。「御本家がフルオーケストラで復活された後に今さらシンセバージョンなんて…」といったプレッシャーで、録っちゃ消しの日々が続きました。

と書かれていた。
確かにゴジラ伝説IIは、予告された発売日から何度か遅れて、待った覚えがある。ただ、今、発売日を調べてみると1984年1月で、Iから1年もたっておらず、全然待ってないじゃんと思ったりもする。でも確かに待ったという感覚は残っており、井上氏も延びたと言っていて、その時は作者もファンも同じ時間と感覚を共有していたのかなあ思う。

1983年8月のコンサートを録音したアルバム「SF特撮映画音楽の夕べ」

イクタスが音程だけに関わるものではないと知ってから、上記の文章を読むと少し違った捉え方ができるように思う。
自分としては伊福部先生がゴジラ伝説のことを褒めているとしか思えなかったのだけど、当時でも伊福部先生はゴジラ伝説を認めていないと話している(書いている)人がいて、どうしてなんだろうと、ずっと思っていた。
もしかしたらシンセで作られた自分の曲を認めたくなくて、イクタスの一面を出してチクリとやったと感じる人がいたのかもしれない。
自分はゴジラ伝説とSF特撮映画音楽の夕べ、両方とも好きなので、どっちでもよい。褒めてると思った方がいいじゃんって感じかな。

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