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01/06/21
鳩間島を立ち、竹富島入り
 沖縄は梅雨が明けた。途端に強烈な太陽が照り始め、気象庁に言われなくても、梅雨明けしたことぐらいわかるわいという感じだった。
 今日は鳩間島をあとにする日。今回の旅行は既定のホテル一泊以外は、どの民宿も二泊だ。ちょっと細切れ過ぎかなと思ったけど、今回はいろんなところをちょこちょこつまんで楽しもうという趣旨なので、まあいいことにする。
 相変わらず、かりゆしがドックに入っているので、通常なら郵便船で西表島に渡りそこから高速船で石垣島へと帰ることになる。しかし羽根田さんが今日石垣島へ帰る人をまとめてくれたので、西表→石垣の高速船が鳩間に寄ってくれて、直接石垣島へわたれることになった。5人以上いれば来てくれるそうだ。土曜日までここにいるつもりと言っていたミキちゃん、もう一泊するとと言っていたカワモトさんもなぜか、今日帰ることにしたらしい。
宿泊所から休憩所まで行く道の途中鳩間島の案内図海のすぐそばにあるマイトウゼの休憩所
 船が来るまで少し時間があったので、今まで何気なく通っていた島のメインストリートをゆっくり歩いて景色を見た。島の人たちが生活している空間にちょっと入れてもらった2日間だったんだなと思った。鳩間島に来てから何度も思ったのだが、ここは自分が子供の頃によく行っていた、父の実家がある場所にそっくりなのだ。鳩間島は南の島、父の実家は波板という東北の海辺にある小さな集落なのに、共通点がとても多かった。

 今日は大潮だ。昨晩休憩所でビールを飲みながら、満天の星空に月が出ないのを不思議に思っていたのだが新月だったのだ。月の出る日、休憩所からは「月の道」というもの見えてすごくきれいだそうだ。
 おれたちを石垣島まで乗せてくれる船はあと2時間で干潮という正午に西表島を出た。それが目でかろうじて見えるぐらいの距離のところに鳩間島はあるのだが、船の通れる深さの場所を通ってこなくてはいけないので、かなり大回りして鳩間島の桟橋に入ってきた。民宿のお母さんと羽根田さんの奥さんに別れを言って船に乗った。

 30分ぐらいで石垣島に着き、すぐに竹富島行きの船に乗った。今日は竹富島の仲盛荘という民宿に泊まるのだ。確か予約のときに、来る前に石垣島から電話が欲しいと言われていたので、電話をしたのだが、向こうはきょとんとしていたような感じだった。
 仲盛荘についてみると、竹の子が23日まで休業だと聞かされた。竹の子というのは、夜は酒が飲める食事処で、八重山そばが最高にうまい。今回の旅でいろいろ食べて思ったのだが、八重山一ではないかと思う。去年は家に帰るその日に、そばを食べるためだけに竹富島に渡ったぐらいだ。今日も昼は竹の子でそばを食べるつもりで腹を空かしてきていたのだ。
 かろうじて竹富島最後の日に営業するのでそばは食べられるのだが、夜に竹の子で泡盛を飲むことも楽しみにしていたので、それが叶わないのが残念だ。去年は石垣島に泊まっていたため、竹富島は日帰りしかできなかったのだ。

 荷物を預けてコンドイ浜に泳ぎに行った。途中、竹の子がやっていないので、宿でもらった地図を見て、やらぼーという食事処に寄ってそばを食べた。うまかった。石垣島で食べたそばが、自分の思いに叶ったものではなかったため、この時点ではここのそばが一番だった。
 コンドイ浜は天国のようなところだと、去年来たときは思ったのだが、今年は飲み物・食べ物を売るバンが来ていて、砂浜にはビーチパラソルが立ち、セクシー水着のおねいさんが寝ていたせいか、とても俗っぽかった。9月末のほうが今よりもずっとシーズンオフだったということらしい。それでも白い砂浜で何もしないにはとてもいい場所だ。遠浅の海岸は、鳩間島の珊瑚礁で泳いだあとでは物足りない感じがした。

竹富島の西桟橋から見える夕日 仲盛荘では朝と夕方の二食付きだ。夕食の前に、夕日を見に西桟橋に行った。
 夕食は食堂で他の宿泊客、宿の人と一緒に食べる。ここにはエアコンがありタダで涼しい思いができるから、やっぱり自分の部屋には戻らず入り浸ってしまう。部屋のエアコンは1時間/100円というコインクーラーなのだ。 仲盛荘で通された部屋は広く、トイレと風呂までついていて驚いた。夜、寝苦しかったのでエアコンに100円を入れてみたら、ぐっすり眠れた。やっぱり文明はいい。

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