Quickca Fight Mar 20, 1998
最後の戦い(前編)

張の帰り。羽田空港のバス停で千葉方面行きのリムジンバスを待っていた。
「クイッカマン、元気ないね。どうしたの?」
「あ、クイックちゃん」
 クイッカマンをなぜか慕う謎の美少女だ。
「最近、何をやっても面白くないんだよ。このホームページもなんだかまとまりがなくて嫌になっちゃたし」
 ここ何年間か時々おれを悩ませてきた泥沼の自問自答が、またおれの心をいっぱいにしていた。何のために生きているんだろう、と。
 クイックちゃんがいつの間にかそばにきていた。そっと、おれの手に触れた。
「クイッカマン、熱いよ。それにこの脈拍、普通じゃない」
 体温80度、脈拍200。おれの体の異常を、腕のクイッカスプーンが冷酷に数値化していた。
「クイッカマーン、奇怪人との戦いでボロボロなんだよぅ」
 クイックちゃんが泣き声で言った。
 確かに、システムエンジニアとクイッカマンの二重生活は、体に大きな負担をかけている。だけどおれは子供の頃からヒーローにあこがれていたんだ。どんなことをやっていても根底にはヒーローがあった。

『停車中の車、すぐに発進しなさい。ここはバスの進入賂です!』
 近くのスピーカーが割れた音でがなりたてた。
 見るとバスが止まる車線の一つ外側に乗用車が何台も止っていた。ハザードランプを点滅させたまま、運転手が乗っていない車さえある。
『この道路は駐停車禁止です!』
 そんな声の響き渡る中、おかまいなしに車を止め、降りてくる土建屋風の男がいた。ナンバーは品川35す81-82。
 ゆ、許せん。
「待って、クイッカマン。今、変身したら死んじゃう」
 クイックちゃんには、すぐにばれちゃうんだな。
「ありがとう、クイックちゃん。そうだね、死ぬかもしれないね。でも、これがおれの生き方だと思うんだ」
「変身しないで!」
 おれは制止するクイックちゃんの手を振払って、両腕を交差させた。
「チェーンジ、クイッカマン。セットアップ!」
「ダメぇー!」
 クイッカマンのホログラム映像が、おれの体に重なった。うまく定着しない。何度も定着と分離を繰り返した。そのたびに初めて変身したときと同じ激痛を感じる。
「うぐぐぐ、正義は絶対に負けないんだ!」
 クイッカスプーンが閃光を放ち、砕け散った。変身が完成した。少し立ちくらみがして、その場にがっくりと膝をつく。
 クイックちゃんが悲しそうな目でこっちを見た。彼女の唇がかすかに動く。
「シナナイデ」
 おれはうなづいた。

「品川35す81-82! 許さん!」
「来たか、クイッカマン。おれは二重駐車奇怪人クルマニヨンだ」
 男は野人のような姿になっていた。
「相当疲れがたまっているな、クイッカマン。肩で息してるのがわかるぞ、わっはっははは。食らえ、臭い息光線!」
「ぐをぉっ、臭い」
 クルマニヨンの内蔵悪そうな臭い息がおれを襲う。
「わははは、どうだ。今度はポマード匂い光線。次はたばこ煙光線だ。そらそら!」
 こ、こいつ…、おれの、じゃ弱点ばかり、を、せめ、て、くる…。
『ピロリロリ、ピロリロリ』
 携帯電話の音だ。
「はい、クルマニヨンです。あー、桜井か。おれ? うん、羽田。強風で全然飛行機飛ばなくてさ。空席待ち。そう、マジマジ」
 携帯電話でかい声出し攻撃。激しいダメージ。もう、これまでか…。
「クイッカマァン!」
 希薄になった意識の中で、かすかにクイックちゃんの声が聞こえた。おれの夢は? 夢ってなんだ? 夢は夢でしかないのか…。
 おれは暗闇の中に沈んでいった。