Quickca Fight Jun 20, 1997
飛行機が飛ばず宮崎に泊まる-->クイッカマン、自ら正体を明かす

風7号の影響で飛行機が飛ばず宮崎に泊まることになった。宮崎では1度泊まったことがあるだけでよくわからない。結局、宮崎アーバンホテルというところにイエローページを見て適当に決めた。駅からかなり遠かった。

 このホテルは自分の部屋の階でエレベータを降りるといきなり車の走る音が聞こえる。外なのだ。普通のマンションみたいな建物を想像すればいい。部屋もワンルームマンションのような感じで広々している。1泊で5500円だ。このホテルは長期滞在などはコンドミニアム形式で宿泊することもできる。

 おれは荷物を置いてすぐに外に出た。明日のパンツが無いから買わなくちゃいけない。ワイシャツは昨日まで泊まっていたホテルの初日に1枚だけクリーニングしてもらったから代えはある。これはこれまでの出張が不意に長引いてしまったという経験でいつもそうしているのだ。

 夜の7時半を過ぎていたのでパンツを売っている店を探すのに思ったよりも苦労したが、なんとか確保できた。次は食事。これはホテルの近くにある郷土料理の店をはじめから目をつけていたのでそこに行った。おばちゃん2人がやっている店でまずは生ビールと地鶏のもも焼きを頼んだ。焼けるのを待っている間におでんを食べた。昆布中心の薄い出汁でとてもおいしい。もも焼きは宮崎空港のよりもボリュームがあってうまい。生ビールともも焼きで1000円。
 これで十分お腹がいっぱいになったが、おばちゃんが「きびなご」がうまいよと教えてくれたので、その刺し身を食べた。白身の小魚で小骨をぐにぐに噛む感触もいい。で、おばちゃんと話していたら、とびうおがあるということなので、今度はそれを頼んだ。おれはとびうおの刺し身が大好物なのだ。これを食べると夏が来たという感じがする。大根のつまの上にこれまた大好物のミョウガの細切りがふわっと盛り付けてあり、とびうおの大きく切った身はその上に並べられている。薄く切った身は玉ねぎのスライスの上に置かれていた。一目見ただけで大感激。大喜びして食べていたらおばちゃんがミョウガを追加してくれた。
 この店は500円払うと焼酎のグラスがもらえて、焼酎が飲み放題になる。テーブルやカウンターの上にいろいろな種類の焼酎があって自分で勝手に作って飲むのだ。おれは霧島、別嬪さん、べりしゃん、松の露、日向木挽きという芋焼酎を飲み比べてみた。霧島が一番飲みやすい。この出張が始まってからおれは芋焼酎にハマっているので、ま、どれもおいしい。

 おばちゃんは「これ、食べてみて」とぜんまい、いりこ、メンマの煮付けを出してくれた。母のつくるいりことゴボウの煮付け(作り方が良く分からないので煮付けじゃないかもしれない。「かれ干し」と言っている)に似ていて懐かしい感じだった。

 隣に座ったおじさんは山登りが趣味で、会を作っていろんな山を登っているそうだ。その仲間の1人の女性が、もうじき亡くなりそうなので切なくなり飲みにきたと言う。聞くとその女性は原爆症だそうだ。5才の時に被爆してずっとそれと戦ってきたそうだ。こういうふうに話を聞かされると、今まで自分とは関係のないことと取り立てて深く考えてもみなかった自分が恥ずかしい。
 セイさん(おじさんの名前)の思い出話をずっと聞いているうちに同じくカウンターに座っていた北海道から来たという女性が加わって、2人でセイさん行きつけのスナックに連れていってもらうことになった。
 その店はおばさんが1人いるだけの小さなスナックで「アロー」という名前。セイさんが「芭蕉布」という歌をカラオケで歌った。おれはこのへんの人に評判のいい「雪列車」という前川清の歌を歌ってみた。ここでもなぜか喜ばれた。東京では全然ウケないのに。帰りに「日向木挽き」をおみやげにもらってしまった。ママのご厚意(セイさんの力も大)でこれで2500円。

 店を出てセイさんと別れた。おれとその女性(Iさん)は同じ方角なので一緒に帰った。Iさんはおれよりもたぶん年上。本人がそう言っていた。適当に場所を決めて旅行をしているそうだ。今は宮崎にウィークリーマンションを借りて住んでいる。あんまり詳しくは聞かなかったのでそれ以外はよくわからない。おれのことはペラペラとしゃべっちゃったよ。お調子者モードで反省。噴水のある市役所の広場にきたとき。

「Iさん、実はおれはクイッカマンなんだよ」
「え?」
「悪の秘密結社Neo-Sea-Horseと戦うために生まれた正義のヒーローなんだ」
 Iさんは一瞬言葉につまった。
「あなたがクイッカマンだろうと何だろうと、あきさんは、あきさんじゃない」
「ありがとう、Iさん」
 おれはクイッカマン変身アイテムのクイッカアルバスプーンのボタンを押そうとした。
「行かないで!」
「M主任が大変なんだよ!」
 おれはIさんを振り払いスプーンのボタンを押した。BGMはもちろん、シューマン作「ピアノ協奏曲イ短調・作品54」だ。