Quickca Fight Feb 15, 1997
肘掛けはお前ひとりのものじゃない-->押し出し奇怪人ウデヒザギュー登場

っと帰れる。延岡(正確には南延岡)を16:25発の特急に乗らないと、予約した18:05発のANA羽田空港行き最終便には乗れなくなるのだ。そんなときでもおれたちは最後まで手を抜かない。バシバシHTMLを打ち、仕様書をアップデートして、ギリギリまで粘る。呼んでもらったタクシーに16:10ぐらいに乗り込んだ。
 こう書くと颯爽としていてかっこいいが、SE稼業というものはたくさんの資料と大荷物と相場が決まっている。ちょっと前まではこれにオープンリールの磁気テープを持ち歩いていたのだ。キミの周りに颯爽としたシステムエンジニアがいたら、それは偽物なので気を付けた方がいいぞ。

 実際はこうだ。
 ノートパソコンのシステムを落としている途中で、作成したデータを担当者に渡すのを忘れたのに気づく。落ち終わってから再立ち上げし、じたばたしながらフロッピーに保存しようとするが、1.2MBのフォーマットが読めないので1.4MBに再フォーマット。泣き泣きで保存して担当者に渡す。続いて、紙の分厚い資料と打ち合わせで決まったことを書き殴った裏紙、設計中の数値を書き留めたメモなどを、4日分の着替えが丸めて突っ込まれたカバンに、ぎゅうぎゅう押し込む。再びノートパソコンのシステムを落としている間にコートを着、最後にノートパソコンとACアダプタを別のカバンにしまって、ファスナーを閉じる余裕もなく息絶え絶えでタクシーに乗り込むのだ。

 幸い時間通りに特急に乗れた。ここでおれひとり失礼して禁煙車両に座った。喫煙車だとつらいというのはあるが、全員で行動するときは極力一緒に座るようにしている。タバコの煙や匂いが嫌だからと言うのを補って余りあるぐらい楽しいからだ。じゃ、今回はどうしてかと言うと、ちょっとひとりになりたかったのだ。出張に行くとずっと一緒に行動するのでプライベートの時間がほとんどない。夜遅くまで仕事をしていたらなおさらだ。これが続くとおれはどうもつらい。

 いろいろ考えている間に電車は宮崎空港に到着した。予定していた飛行機にも無事乗れたが、ジャイアンツの宮崎キャンプを見に来た人間と一緒になってしまい機内はいっぱいだ。おれの隣にも人が座っている。しかもそいつは大股開きでおれの領域に侵入、さらに肘掛けは全て占領というひどく自分勝手な男なのだ。疲れていたのでこのまま寝てしまおうと思ったが、目を閉じる間際に男がにやりと笑ったように気がして体を起こした。由利徹似のその男は機内サービスのおしぼりで首筋を拭いている。
「んふふふふふふふふふ、やっと気が付いたね。クイッカマン。わすは押し出し奇怪人ウデヒザギューだ」
 東北訛りでそう言うと男の頭部は牛のものにモーフィング(シャレね)した。上半身もがっちりとして、ミノタウロスのようだ。ウデヒザギューはなおも肘と膝でグイグイ押してくる。
「チェーンジ、クイッカマン。セットアーップ」
 おれは周囲を確認して、クイッカマンの変身ポーズ、クイッカクロスを作った。0.01秒でクイッカスーツが定着。
「おれは背がでかいから、タダでさえこの座席じゃ狭いんだ。ゆるせん!」
 言うや否や、おれは機内サービスのカスタードクリームが美味しいワッフルをウデヒザギューの鼻面に押し込んだ。そのとき、視界に重なって見えるクイッカインジケータがアラートを示しているのに気が付いた。いかん、出張疲れで長くは変身が保たない。速攻で決めるぞ。おれはQuickCamの設定をクイッカHアイに変更した。これは人間の男なら誰でも持っている特殊な想像力を透視能力に変換する仕組みだ。わかりやすく言うと、服の上から女の子の乳首の位置を想像したり、スカートのしわからパンツのラインを想像したりする力を高めるのだ。ただしこれはクイッカパワーを大量に使うので決死の技だ。下手すると女の子に殴られて瀕死である。
 おれのクイッカHアイは前方から歩いてくるスチュワーデス(正しくはフライトアテンダントと呼ぼう)のスカートを透視した。これだ! スチュワーデスが近くに来たときにちょっとスカートをめくった。良かった。気づかれなかった。ウデヒザギューは悲しき男のサガで、ちらりとその方向を見た。
「うぉぉぉぉ! 赤パンツ! わすは赤いものを見ると突進したくなるんだぁ」
 ウデヒザギューが席を立とうとしたときに頭部の角をめがけてクイッカ弾拳っ!
「うぁあ、チンチロリンのカックン」
 ウデヒザギューはその場に倒れ込んだ。悪の怪人のセオリー通り怪人の元になった素材の弱点も受け付ぎ、しかも角のあるヤツは角が弱いという典型的だった。とどめを刺したわけではないが、飛行機の中で吹き飛ばしてしまうわけにもいかない。羽田空港まではおとなしく寝いているだろうから今日のところはこのぐらいにしておいてやろう。おれは心の中で赤パンダイエットをしていたスチュワーデスに感謝をしながら浅い眠りについた。